雑感1・とあるゴーストとの対話

「お前は恵まれた環境に育った。恵まれた家庭、恵まれた友人、恵まれた進路、恵まれた職場…。しかしお前は現状に満足していない。いったい、何の不満があるというのだ。」

「……。」

 


「お前はすぐ黙る。思考回路が遅い。全てに丸をつけてきた弊害だ。
ではこちらから提示しよう。
お前の根本には、村上龍がいる。彼は著書コインロッカー・ベイビーズでこう言った。“自分が何が欲しいか分かってないやつは、欲しいものを絶対に手に入れることができない”と。お前はその考え方に衝撃を受け、欲しいものを自覚しようと努めた。」

「人は、自分が最も欲しいものに夢と名付けた。」

「そう、だからお前は夢を求めた。そしてお前はいきなり行き詰まる。」

「僕には夢がなかったから。」

「満ち足りていたから。幸せな生活は何も生まない。ただ循環するだけだ。
それと同時に、お前は物足りなさを感じていた。そして気付く。」

「僕は何かに本気になったことがない」

「お前の周りには、何かに本気になるなんてダサい、という風潮があった。友人、教師、テレビ…お前の周りの人間は、様々なものを自分の下に置き、嘲ることを好んだ。なに本気になってんだよ、熱くなるなよ、そんな具合に。お前は、世の中というのは作り物なのだと学んだ。偽物なのだと。お前の世界はサーカスのようなものだ。みな何かを演じて過ごす。
もちろんお前の周りに、何かに本気で打ち込んでいるやつもいただろう。だけど気付かなかった。」

「見たことなかったから。」

「知らないものは認知できない。独我論は正しい。結局お前は、松本人志著の遺書を読むまで、何かに本気で打ち込んでいる人間を見たことがなかった。遺書を読んでようやく誤解が解ける。世の中では、何かを演じて生きる人間のほうが少数なのだと。程度の差はあれど、みな本気で生きていたのだと。
そしてお前は何かに夢中になりたいと願った。」
 
「だから音楽を始めた。」
 
「その選択は正しかった。音楽…というより、表現には底がないからだ。正解のないものとお前は相性が良かった。甲斐性なしのお前も、未だに音楽には飽きていない。
それでも、お前は満たされなかった。正確に言うと、満たされるだけでは足りなかった。
世界中で言われていることだ、人間は欠陥品だ、心に穴が空いている、とな。
穴を埋める術は人それぞれだ。恋人で埋めるものもいるだろう。芸術に傾倒するものもいるだろう。ドラッグに走るものもいるだろう。そしてお前は」
 
「文学を求めた。物語を求めた。」
 
「文学とは穴を埋める作業、もしくは作業行程だ。因果律を無視できるフィクションでは、絶対に繋がらないはずのものが繋がり、読者の孤独を和らげる。悲しみを癒すことができるのは悲しみだけだ。共感して、同化して、自分は一人じゃないと安心するだけだ。お前は、太宰治梶井基次郎からそれを学んだ。彼らは血となり肉となり、お前という人間を構成している。
だがしかし、それでもだ、それでもお前の穴は埋まらない。」
 
「……。」
 
「お前はもう分かっている。この先何を手に入れようが、お前は永遠に孤独なのだと。太宰や芥川たち文学家がなぜ自殺したのか分かるか?  彼らは、穴に飲み込まれたのだ。
…とは言うものの、別にお前が特別に孤独だという話ではない。人はみな、絶対的に孤独だという話だ。
…さて、ここまでの話は、全て一言に集約できる。それに比べたら、これまでの話など全て枝葉に過ぎない。不満の源泉、孤独の源泉、それは何か、お前はもう分かっている。」
 
「…人間には、生きる意味なんてないんじゃないか、という疑念。」
 
「人が生きる意味なんて簡単さ。種の存続だ。個々人に見られる個性など、子孫繁栄のための多様性の一部、すなわち人という種の生存戦略に過ぎない。人間は〜のために生きてるんだ、というやつの大半は、ここに含まれる。
抽象度を上げてみよう。生命に意味はあるのか。」
 
「宇宙規模のタイムスパンで考えたとき、生命というのは一つの現象に過ぎない。」
 
「そう、生命とは宇宙に起きた数ある現象のうちの一つだ。
宇宙はいずれ終わりを迎える。熱力学第二法則エントロピーは増大するから。
この問題は、終わると分かっているものに意味や価値を見出せるのかという問題だ。
お前は、雷の明滅や一陣の風に、意味や価値を見出せるか?  否、お前にはその強さがない。」
 
「僕が諏訪哲史田中ロミオに惹かれるのは必然と言える。彼らの作品は、無意味という運命から逃れるための物語だから。」
 
諏訪哲史のアサッテの人では、運命(のようなもの)から逃れる方法を模索し続けた主人公に共感した。田中ロミオ人類は衰退しましたなんて、生命未満のものが、生命に憧れる話だ、無意味から逃れるためにな。この二人は、お前にとってとても特別な作家だ。」
 
「僕は憧れる。今を生きる人に憧れる。一瞬の瞬きに憧れる。
僕は今を生きることができない。今に価値を見出せない。この世界は、シーシュポスの神話にしか思えない。無駄だ。無意味だ。」
 
「ただ、それも別にお前だけじゃない。誰しもが中学生の頃に考えるようなことだ。そして忘れるか、自分なりの答えを見つけて、乗り越えていく。」
 
「それが、強さなのか?」
 
「……。」
 
「それが強さなら、僕はいらない。これは僕自身だ。忘れることなんてできないし、自分なりの答えなんていらない。それを探すのが人生だ、とも言わない。
分かるよ、僕はこの年になって、まだアイデンティティーすら確立していない。自分に価値があると思ったことなんて一度もない。
だけどね、僕は承認なんていらない。友達も恋人も地位も名誉もお金もいらない。むしろ、社会が自分に構わないでほしい。
ただ、自分が何のために生きているのか、それを考えることだけは絶対にやめないよ。それをやめることは、僕をやめることだ。」
 
「それが、死ぬことになっても?  太宰や芥川のように穴に飲み込まれても?」
 
「やめない。死んでもいい。生きている限りは、考え続ける。つまらない答えは出さないよ、約束する。」
 
「…意味なんて後付けでしか有り得ない概念になぜ執着するのか、理解に苦しむけどね。まあいいさ、それがお前の生き方なんだろう。
一応聞いておこうか、現時点の答えでいい、お前は何のために生きている?」
 
ハンターハンターを読むため。」
 
「やっぱりか(笑)  ではこの言葉で、このダイアログを閉じようか。」
 
「有難う。」
 
こちらこそ。」
 
 
了。