『人類は衰退しました』についての所感・人間の証明、世界を調停する力

定義とは差異である。

区別する、分類する、名前をつける、何でもいいのですが、要するに抽象度の1つ高い場所から、世界をカテゴライズすることです。

例えば僕は関西人ですが、抽象度を上げると日本人、地球人、宇宙人となっていき、逆に抽象度を下げると〇〇県民、〇〇市民、〇〇家となっていきます。

よって僕はアメリカ人ではなく火星人ではなく宇宙外生命体でもなければ、隣の県民や市民、隣人ではないことが分かります。これが差異というものです。

同時にそれは、人が「~は~である」と言うとき、宇宙にある何かとの関係性でしか語れないことを意味します。地球に人間しか生命がなかったら、人類や哺乳類なんてカテゴリー必要なかったでしょう(生命の定義すら危ういですが)。

 

さて、なぜこんな当たり前の前置きをしたのか。

 

それは、田中ロミオ著「人類は衰退しました」という小説が、人類史をパロディ化しつつ、生命の定義を拡張し、人間を再定義した物語だからです。

 

※ネタバレあり

※主に9巻についての話になります

 

そもそも生命とは何でしょうか。

 

有名な話では、森博嗣の「すべてがFになる」にこんなやりとりがあります。

 

togetter.com

 

読んでもらえば分かると思いますが、それぐらい生命を定義するのは難しいです。

 

 少なくとも、起き上がりこぼしを生命と定義するには、何となく躊躇してしまいます。

上記の例は少し極端(というか森博嗣の皮肉)ですが、AIのことを生命と定義するのも、何か受け入れがたい方はいらっしゃるでしょう。

 

 

では、田中ロミオは、生命をどう定義したのか。

 

 

まず、  AIと人間とで何が違うのか考えてみます(AIと比較するのは、人間との差異が分かり易いからです)。

 

フレーム問題 - Wikipedia

脳と心と人工知能 シンボルグラウンディング問題

・人間はハード(肉体)がソフト(脳)に影響を与え変化するが、コンピュータにはそれがない

等、違いは様々でしょう。

人間のようなものを生命と定義したとき、AIを生命と定義できないのが現状です。

 

しかし田中ロミオは違いました。

 

彼はAIのような、森博嗣の生命の定義はクリアしているが、何となく命とは呼びがたい存在を「命未満」と表現しました。

命になり得る可能性を秘めている、と。

 

では「命未満」とは具体的にはどういうものなのか。

ポイントは「思考する」ということです。

 

 

「星に残された“考えるもの”たちはいくらでもいる。古い機械、ネットワーク、動物や虫、稲妻までもが思考の明滅だ」

 

 

ロミオはこれらを「演算的挙動」と呼びました。

そしてそれらを「命である」「命でない」という文脈から解き放ち、「命かもしれない」というグレーゾーンに置きました。

 

 そして最終的にこう言います。

 

 

「(略)知らぬままでいれば、我々は心におさまりきれないものを外に放ち続け、様々なものを命の定義に引き上げ続けるだろう」

 

 

これは予言であり、ロミオの確信です。

あらゆる「演算的挙動」は、命足りえる、と。

誰の本で読んだのか失念したのですが、そこらへんの石ころですら、構造上ネットワークを内在しているといいます。

要するに、スケールの違いはあれど、全てのものに生命となる可能性があるわけです。とんでもない話ですね。

 

 

…と、ここまでが生命の定義の拡張の話。

では、様々なものが命足りえる世界で、人間とは何なのでしょうか。正確に言うならば、人間と他の命との「差異」とは何でしょうか。

 

人類は衰退しましたでは、人間ならではの特徴を2つ挙げています。

 

 

1つは、モラルです。

 

マーゴちゃんは祖父の(肉体的)死に直面した際、妖精さんの力で彼を生き返らせようとします。しかし、なぜか口にできない。その正体はモラルで、それこそが人間である証だと、おじいさんは言います。

 

 

「我々は望んでこの地に生まれてきた。光のある方向へ歩んできた。これからもそうだろう。そうでなければならん。あるいは死を覆すことはできるかもしれん……が、それは生の意味をも覆してしまう。光が光でなくなる。心ないものを複製することは罪ではないが、心あるものならどうだ? 考えれば、わかるはずだ」

 

 

僕はおじいさんがモラルについて語っているシーンで、別の2つの物語を連想しました。

伊藤計劃著「虐殺器官」と今井哲也著「ぼくらのよあけ」です。

 ※ちょっとネタバレあり

 

 

「わたしたち大半の人間は良き行いをするために生まれているの。(中略)良心そのものは、それと領域を接する宗教という存在も含めて、生物の進化の過程から生まれたものよ」

(虐殺器官より)

 

 

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(ぼくらのよあけより)

 

虐殺器官からは、罪悪感に苦しむ主人公に、人間の良心がどういった進化の過程で生まれてきたのか説明し、慰めるシーン。

ぼくらのよあけからは、AIであるナナコが、ウソをつかないということがどれだけすごいことか自覚のないゆうま君に諭すシーン。

 

程度の差はありますが、共にモラルの重要性を語っています。

(もっとも虐殺器官は、食料不足によって良心がマスキングされることで集団虐殺が誘発された、そういった虐殺の文法を巡る皮肉な内容ですが)

 

そして、そのモラルの重要性を最も抽象度の高い目線から考えると、おじいさんの言う「光が光でなくなる」という表現になるのでしょう。

その抽象度を僕らレベルに下げていくと「人を殺してはいけない」「盗んではいけない」「ウソをついてはいけない」になっていくわけですね。要するに、そのものの価値を損ねる行為はするな、といったところでしょうか。

 

モラルの有無。これが人間と他の生命との1つ目の差異です。

 

 

 

2つ目の人間の特徴は、人間は、他の生命のことを理解でき、コミュニケートできるということです。

 

 

「(略)多様性の間を取り持て。でなければ未来はない。新たな繁栄のためには、いろいろなものと手を取り合っていかねばならんからな。知恵を出し、力を合わせろ。おまえが仲介しろ。あらゆる命の中心で、取り持つことのできる唯一の種族としての貴い責務を果たせ。しっかり見張っているぞ。いいな?」

 

 

祖父の蘇生を妖精に願うことをやめたマーゴちゃんは、代わりに「この月も、地球みたいなおもしろおかしい世界になりますように」と告げました。

 

このシーン、なんでわたしちゃんがそんなこと願ったのか、分かりましたか?

僕はずっと分かりませんでした。ていうか現時点でも、正確な答えは分かりません。

 

 

唯一考えついた答えは「暗闇にいる命未満の存在たちを、命へと引き上げるため」です。

 

 

「(略)だから妖精は人の模倣をしたのだな。光に包まれるために。寂しさと虚しさ、そしてあらゆる無意味から逃れ出るために」

 

 

かつて妖精たちは命未満でした。しかし光の中にいる人間たちに憧れ、人類衰退時には代替とまでなってしまった。

命未満とはかつての妖精たちだけではありません。それは、あらゆる演算的挙動を指します。

 

人間が生まれたのだから、生命というのはほっといたら勝手に発生するのかもしれません。

しかし、ほんの少し工夫するだけで、生命というのは生まれやすくなるかもしれません。世界と命未満の間を仲介することで、命へと導くことができるかもしれません。

 

世界を調停する力を持つ。これが人間と他の生命との2つ目の差異です。

 

 

 

長くなってしまいましたが、この記事で言いたかったことをまとめると。

 

あらゆるものが生命となり得る未来で、人間はモラルと世界を調停する力を持つものとして定義される、というたった1行です(笑)

 

お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

 

以下、おまけ

 

ナメクジウオが最初に舞台に上がったキャストとして描かれてるのは、地球上最古の脊椎動物(つまり人類の祖先)と考えられているからなんですね。僕は単純に思索する魚といえば井伏鱒二山椒魚だろう!と思ってググったら、誰も言及してなくて自分の浅はかさを知りました(笑)

 

◯心や魂についても言及したかったのですが、まとまりがなくなりそうなのでやめました。「魂が立ち現れる唯一の層が現実」とか、ロミオって超重要事項をこういう短い文面にまとめる人ですよねー。

 

◯また、生命の拡張に関して最も連想したのは、士郎正宗著・攻殻機動隊でした。あれって鬼のように難しい(特に2巻)ですが、要するに1巻で人工知能と融合、2巻でケイ素生命体と融合する、超リアルに生命の定義を拡張してる話なんですね。難しすぎて理解はしてないですが(笑) 

 

◯9巻の次に好きな話は、2巻のジョシュア・コートニー君のエピソードです。存在の不確定な彼を、マーゴちゃんを優しい空間にループさせまくり、そこでの噂話によって彼のアイデンティティを獲得させる、という超トリッキーな話を、あんだけ短くまとめられるのは、日本で田中ロミオぐらいじゃないのかなぁと思います。あと、ロミオの言葉遊びは基本的に大好きですが、「優しい空間」と「易し異空間」のダブルミーニングは、人退の中で一番好きかもです。

 

◯マイ田中ロミオ作品序列は

CROSS†CHANNEL人類は衰退しました最果てのイマおたく☆まっしぐらRewrite>AURA=家族計画=ミサイルとプランクトン>神樹の館双子ルート>灼熱の小早川さん>ユメミルクスリ

って感じでのクソニワカですすみません。家族計画があんま好きじゃないので山田一時代のをあんまりやってません。友人には加奈をやってないことをよく責められます本当にすみません。

アホの子が好きなので、ヒロイン3強は、ミキミキ、ことりちゃん、よっしーで決まりです。

 

◯夜が明けると新刊の「犬と魔法のファンタジー」が発売されてるわけですね。僕はAmazonのあらすじにある「あまり美しくないエルフ」という文面を見ただけで爆笑してしまいました(笑)

 

◯僕の宇宙感は基本的に苫米地英人著「苫米地英人、宇宙を語る」にて構成されています。超絶面白いし読みやすいので、興味のある方は是非。

 

 

おしまい。